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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)7231号 判決

原告

姜吉子

被告

坂本築

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し、金八八万七九〇〇円及びこれに対する昭和五五年二月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金一九八〇万七五〇〇円及びこれに対する昭和五五年二月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年二月五日午後七時三六分頃

(二) 場所 大阪市福島区野田六丁目四番一三号先交差点(以下、「本件交差点」という。)

(三) 加害車 普通貨物自動車(登録番号大阪四五る五六八八号。以下、「被告車」という。)

右運転者 被告坂本築(以下、「被告坂本」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 南進してきて本件交差点に進入した被告車が、本件交差点南側の横断歩道(以下、「本件横断歩道」という。)上を西進していた原告運転の足踏自転車に衝突し、はねとばしたもの。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告株式会社木村商店(以下、「被告木村商店」という。)は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告坂本は、赤信号を無視し、かつ本件横断歩道を通行する者の有無を確認することを怠り、徐行もせず漫然本件交差点を進行した過失により、本件事故を惹起したものである。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

頭部打撲、頸部捻挫、腰部、右足関節左大腿、右肘関節部及び右踵部各打撲傷

(2) 治療経過

入院

昭和五五年二月七日から同月一八日まで首藤病院

同月一八日から同年一〇月二三日まで鎌田病院通院

昭和五五年二月五日から同月六日まで松本病院

同年一〇月二四日から昭和五七年五月三一日まで鎌田病院

昭和五五年二月二六日から昭和五八年四月一六日まで大庭眼科診療所

(3) 後遺症

大後頭神経に著明な圧痛並びに両肩こり等の後遺症状が昭和五七年一〇月一四日固定した。

(二) 治療関係費

(1) 治療費 八四万六五〇六円

(2) 入院雑費 二七万円

(3) 通院交通費(鎌田病院分タクシー代) 三〇万円

(ただし、乗合バスを利用したとすると、一往復二六〇円で合計九万二八二〇円となる。)

(三) 使用人費用

原告は、貸金業を営むかたわら、原告所有の貸室の管理、清掃及び湯茶のサービスをし、原告の夫の経営する土建業の従業員の炊飯及び食事の用意をしたうえ、家事等を行なつていたが、本件事故による受傷のため自ら稼働することが不可能となり、女性二人を雇用して、次のとおりの人件費を要した。

(1) 原告入院中(一か月当り三九万円の九か月分) 三五一万円

(2) 原告通院中(一か月当り二〇万円の一二か月分) 二四〇万円

(3) 焼肉店開店準備 二〇万円

(4) 家事手伝及び原告の夫の建築業の宿舎関係の手伝 六七八万円

(四) 原告は本件事故後まもなく店舗を賃借して焼肉店を開業したが、本件事故による受傷のためその営業を継続することが不可能となつたことにより、次のとおりの損害を蒙つた。

(1) 昭和五五年一一月初めに右焼肉店の休業を余儀なくされ、以後昭和五七年二月二八日右焼肉店の店舗賃貸借契約を解除するまでの間支払つた家賃(一か月当り四万九五〇〇円の一六か月分) 七九万二〇〇〇円

(2) 右賃貸借契約締結の保証金四四七万八五〇〇円の内右解除の際控除され、返還されなかつた額(二〇パーセント相当) 八九万五七〇〇円

(3) 焼肉店開業のための投下資本中回収不能分 七五二万一五〇〇円

(4) 右賃貸借契約解除に基づく店舗の原状回復のための工事費 六七万円

(五) 逸失利益

(1) 焼肉店の営業不能によるもの 四二〇万円

原告は、焼肉店開店のため合計一二五四万六七〇〇円の資本投下を行なつたが、原告が本件事故により受傷せず営業活動していれば、投下資本の二〇パーセントの年間利益があつたはずであるから、入通院期間中少なくとも四二〇万円の得べかりし利益を失なつた。

(2) 貸金業の営業不能によるもの 九九万七五〇〇円

原告は、貸金業により昭和五四年度には六三万円の収入があつたが、本件事故による受傷のため貸金業に従事することが困難となり、少なくとも九九万七五〇〇円の収益を失なつた。

(3) 後遺障害によるもの 二四〇万円

(六) 慰藉料

(1) 入院分 二〇〇万円

(2) 通院分 二七万円

(3) 後遺障害分 五〇万円

(七) 弁護士費用 一七〇万円

4  よつて、原告は被告ら各自に対し、本件損害金の内金一九八〇万七五〇〇円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和五五年二月六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の(一)ないし(五)は認める。

2  同2(一)のうち被告木村商店が被告車を所有していたことは認める。

3  同2(二)は争う。

4  同3のうち治療費が本件事故に基づく傷害の治療についてのものであることは争う。その余は不知。

三  被告らの抗弁

1  免責

本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものであり、被告坂本には何ら過失がなかつたから、被告らには損害賠償責任はない。

すなわち、被告坂本は、本件事故時被告車の進行方向の信号が青色であることを確認し、かつ時速三五キロメートルから時速二五キロメートルにまで減速して進行していたところ、原告が赤信号を無視し、かつ左右を確認しないまま一旦停止もせずに本件横断歩道上にとび出してきたため、本件事故が発生したものである。

2  過失相殺

仮りに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告にも前記1のとおりの過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

3  損害の填補

本件事故による損害については、被告らは原告に対し、示談金として昭和五五年三月末日までに二〇〇万円を支払済である。

4  示談の成立

原告と被告らとの間では昭和五五年三月二八日、左記のとおり示談(以下、「本件示談」という。)が成立し、本件事故については一切解決している。

(一) 被告ら及び訴外富士火災海上保険株式会社(以下、「富士火災」という。)は連帯して原告の治療費全額を支払う。

(二) 被告ら及び富士火災は連帯して原告の慰藉料、休業損害その他一切の損害賠償として三〇〇万円を支払う。但し、支払条件として昭和五五年三月末日までに二〇〇万円を支払い残金一〇〇万円については同年四月末日までに支払う。

(3) 後日本件事故に起因して後遺症が発生した場合には、原告は直接自賠責保険に請求するものとする。

なお、右示談金の内同年四月末日分の一〇〇万円については、原告から示談の成立を否定する旨の通知があつたので支払を保留している。

四  被告らの抗弁に対する原告の認否

1  被告らの抗弁1及び2は争う。

2  同3は認める。

3  同4は否認する。

五  原告の再抗弁

仮に本件示談契約が締結されたとしても、次のとおり本件示談契約は無効である。

1  本件示談の締結交渉には原告は全く関与していないし、原告は示談書に署名捺印を求められた際、本件事故に基づく頭痛が激しく、示談内容を理解することができず、治療費に関する健康保険への切替えのための書類と思つていたものであるから、右表示行為に対応する効果意思を欠いていた。

2  本件示談は、原告の傷害が六か月で治癒すること及び原告が前記焼肉店を開業できることを前提としていたところ、原告の傷害の治療期間は著しく長引いたし、右焼肉店も廃業となつたのであるから、原告の右意思表示にはその要素に錯誤がある。

3  本件示談はその締結当時予期できなかつた損害の発生を解除条件とするものであるが、2記載のとおりの事情があり、原告の蒙つた損害額は示談締結当時の予想をはるかに超えたから、右解除条件が成就した。そうでないにしても右のとおり原告には当初の予想をはるかに超えた損害が発生したから、信義則上本件示談の内容を超える損害額の賠償を請求できるものである。

六  原告の再抗弁に対する被告らの認否

原告の再抗弁はいずれも否認し、争う。

原告は、その夫、息子ら立会いの下で本件示談書の内容を十分理解したうえで捺印したものである。また、本件事故については前記のとおり免責あるいは大幅な過失相殺がなされるべきであるから原告の損害額が本件示談金を上回ることはあり得ない。原告の症状は他覚的所見に乏しい不定愁訴を中心とするいわゆるむちうち症であつて、本件示談の際に全く予想し得なかつた症状が発生したというものではない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因1の(一)ないし(五)の事実は、当事者間に争いがない。

二  責任原因

1被告坂本(一般不法行為責任)

(一)  成立に争いのない乙第五号証、原告及び被告坂本(後記措信しない部分を除く。)各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件交差点は変形交差点で、交差点中央から南側部分は、東西に四五メートル、南北に最大幅一〇メートルにわたり工事中であり、工事区域の北側に沿つて、高さ一・三メートルの赤色ポールが並べられ、また交差点西側には三角錐カラーコーンが三個設置されていた。右工事現場内には工事用の機械が数台置かれ、その高さは平屋建家屋の屋根程もあり、さらに南側歩道沿いには右機械よりも高くシートが張りめぐらされていた。従つて、交差点北側からは進行方向前方及び左方の見通しは不良であつた。被告坂本は、本件事故当日勤務先の会社の仕事を終えて友人宅に行こうとして、被告車を運転し、時速約四〇キロメートルで南進してきて北側から本件交差点に時速約三五キロメートル位で進入したが、本件交差点の手前で対面信号が青色であるのを確認していたが、本件交差点に進入後は信号の変化に十分注意しないまま、右地点から三一・四メートル進行した交差点中央で時速約二五キロメートル、更に四メートル進んだ地点では時速二〇キロメートル位で進行していたが、そこで初めて交差点南側の横断歩道上の原告の運転する足踏自転車を発見して急制動したが間に合わず、四・八メートル進行した地点で原告の自転車と衝突、転倒させたものである。他方、原告は自宅に帰る途中足踏自転車に乗り東方から車道の左端を本件交差点の方に向かつて進行してきたが、前記工事現場に至り、南側の歩道に入つて西進したところ対面信号が青色ではなかつたため本件事故現場の手前で一旦停止して、対面信号が青になつたので横断歩道に乗り出したところ被告車に衝突されたものである。

被告坂本本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信することができない。

(二)  右認定によれば、被告坂本には被告車を運転して本件交差点内を進行するに際し、信号の変化を十分注視し、また工事機械等のため前方、左方の見通しが不良であつたから徐行のうえ前方を十分注視すべき注意義務があるのにこれを怠り、夜間交通量が閑散なのに気をゆるし漫然進行した過失があつたと認められる。

2 被告木村商店(運行供用者責任)

請求原因2(一)の内被告木村商店が被告車を所有していたことは当事者間に争いがないから、被告木村商店は、自己のために被告車を運行の用に供していたものと推認され自動車損害賠償保障法三条により、免責の主張(被告らの抗弁1)が認められない限り、本件事故による原告の損害を賠償する責任があるところ、被告坂本に過失が認められることは前記1(二)で認定のとおりであるから、その余の判断を加えるまでもなく、右免責の主張は採用できない。

三  過失相殺

被告らは、本件事故の発生については原告にも赤信号を無視し、かつ左右の安全を確認することも一旦停止することもなく本件横断歩道上にとび出してきたという過失があると主張するが、本件事故の態様は前記二1(一)で認定のとおりであり、被告ら主張の右事実を認めることはできないし、その他原告に、本件損害賠償額の算定につき斟酌すべき過失があることを認めることはできない。

四  本件示談の成立

ところで、被告らは、本件事故についての原告と被告らの間の紛争は本件示談の成立により一切解決済みであると主張するので、まずこの点について判断する。

1  本件示談契約の締結

証人片岡信幸の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証(原告の署名、捺印を原告がなしたことについては争いがない。)及び第六号証、証人片岡信幸、同山田浩次郎(後記措信しない部分を除く。)の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故車両(被告車)については、被告会社と富士火災との間に自動車保険契約が締結されていたところ、原告の四男山田浩次郎は、昭和五五年三月二五日、原告の焼肉店開店も間近になつたので本件事故について示談したほうが良いと考え、富士火災に対し示談交渉を進めたいと申出た。富士火災は、右示談交渉をすることにつき被告らの同意を得たうえ、同日係員を赴かせたところ山田浩次郎から示談金三〇〇万円との希望が出されたので、検討の結果右申出を受け入れることにし、翌二六日山田浩次郎との間で示談書を作成することにし、その際治療費については示談対象から除くことに合意したうえ、山田浩次郎は富士火災の係員の持参した示談書に原告の氏名として「山田吉子」と記名し、原告の長男山田和徳の印を押捺した。富士火災の係員は、右示談案に基づき原告本人との間に契約締結をしなければならないので、同月二七日原告が入院していた病院に赴き、原告に被告らの抗弁4(一)ないし(三)のとおりの内容の右承諾書を示して了解を求めたところ、原告は右示談書に目を通してから、自分一人では署名できない、主人と子供の前で押印したいので明日自宅へ来てほしい旨述べた。翌二八日は原告経営の焼肉店の開店の日であつたため、右店舗に原告の夫、子供らがおり、原告は病院から同店に来て、富士火災の係員、原告の夫、子供らの前で右示談書を読み、治療費については以後も支払つてもらえるということを確認したりしたうえ、「妻吉子」と署名し、押印した。

証人山田浩次郎の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の次第で、被告の抗弁4のとおり本件示談契約が締結されたことが認められる。

2  示談無効の主張について

(一)  まず、原告は、本件示談書に署名捺印を求められた際、頭痛が激しく、示談内容を理解することができず、本件示談書は、治療費の健康保険への切替えのための書類と思つていたと主張するが、右1の認定によれば、原告が本件示談契約を締結した際その内容を理解していなかつたとは認められないから、原告の右主張は理由がない。

(二)  次に原告は、本件示談契約締結当時予想し得なかつた長期間の治療を要し、また前記焼肉店も廃業となつたのであるから、原告の本件示談契約締結の意思表示はその要素に錯誤があり、また右締結時の予想をはるかに超える損害が発生したから、本件示談契約は解除条件が成就したものであり、そうでないとしても信義則上本件示談金を超える損害額につき賠償請求ができるようになつた、と主張する。

そこで、本件示談締結時予想しえなかつたような状況及び損害が生じたかどうかを検討する。

前記のとおり、本件示談の内容は、治療費及び後遺症関係の損害を除く原告の慰藉料、休業損害その他一切の損害賠償として三〇〇万円を支払うというものであるところ、原告には治療費及び後遺症関係を除き次のとおりの損害が発生したものと認められる。

(1) 受傷、治療経過等

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三七号証の二、三、第三八号証の一、二、第三九号証の二、第四一号証、第九五、第九六号証、第一八八号証ないし第一九三号証及び第一九五号証並びに原告本人尋問の結果によれば、請求原因3(一)の各事実(なお、原告は、右鎌田病院に入院中昭和五五年七月三〇日以降一〇回以上外泊をしている。また、鎌田病院の通院実日数は三五七日である。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 入院雑費

原告が二六〇日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一〇〇〇円の割合による合計二六万円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

(3) 通院交通費

原告が鎌田病院に三五七日間通院したことは前記のとおりであり、前掲甲第一八八号証、第一九〇号証、第一九二号証及び第一九五号証並びに弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三六号証の一及び第一九七号証によれば、原告が右通院のためバスを利用した場合の一往復の料金は、昭和五六年一月末日までは二二〇円、同年二月一日から昭和五七年一月七日までは二六〇円、同月八日以降は二八〇円であり、原告の通院日数は昭和五六年一月末日までが五五日(同年二月末日までの日数八三日から二月の日数二八日を差引く。)、昭和五六年二月一日から昭和五七年一月七日までが一九四日(昭和五六年六月一日から昭和五七年五月三一日までの日数一八八日については二分の一を算入する。)、昭和五七年一月八日から同年一〇月一四日までが一〇八日であると認められるから通院交通費の合計は左記算式のとおり九万二七八〇円となる。

(算式)

二二〇×五五+二六〇×一九四+二八〇×一〇八=九万二七八〇

原告主張の通院交通費の内タクシーを利用することなどによつて生ずる右認定の額を超える部分は、原告の前記傷害の程度等の諸事情を考慮すると本件事故と相当因果関係はないと認められる。

(4) 休業損害

原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第三五号証及び第一一一号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時貸金業を営むかたわら原告の夫の経営する建設業の従業員の食事の世話などをし、かつ家事に従事していたことが認められ、右労働により同年齢の女子平均賃金と同額(昭和五五年度賃金センサス産業計、企業規模計、学歴計四五歳ないし四九歳女子平均賃金は年間一八八万七〇〇〇円である。)程度の収益をあげていたものと推認され、本件事故により昭和五五年二月六日から昭和五七年一〇月一四日まで休業したことが認められるが、前記認定の原告の傷害の程度、治療状況、入院中及び通院時の行動等の諸事情を考え合わせると右期間中を通じて逸失利益の四〇パーセントにつき本件事故と相当因果関係のある休業損害であると認めるのが相当である。

(算式)

一八八万七〇〇〇×九八三÷三六五×〇・四=二〇三万二七九〇

(5) 慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額(後遺症関係を除く。)は一〇〇万円とするのが相当であると認められる。

(6) その他の損害の主張について

原告は、その入通院期間中原告が従前行なつていた前記各仕事に従事できなかつたため雇用した使用人費用を要し、貸金業による利益を逸失したと主張し(請求原因3(三)、(五)(2))、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一五四号証ないし第一五九号証によれば、原告は右雇用にかかる人件費として合計七九八万円を要したことが認められるが、原告の本件事故当時あげていた収益は貸金業を含み、前記のとおり年間一八八万七〇〇〇円であり、これに基づき前記逸失利益を認めたのであるから、従前の収益を維持するため他に支出をしたとしても、本件事故とは相当因果関係がないものと認める。

また、原告は当時焼肉店を開業しようとしていたところ本件事故のため営業不能となつたとして請求原因3(四)及び(五)(1)のとおり損害を蒙つたと主張する。原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第二ないし第四号証、第七ないし第三四号証、第五一ないし第五五号証、第九七ないし第一一〇号証、第一一二号証、第一一四ないし第一一六号証、第一一八ないし第一二〇号証によれば、原告は、本件事故時から一二、三年前に焼肉店を経営し、一、二年でやめたことがあつたが、本件事故の直前にも再び焼肉店を経営するつもりでその準備をしていたものであり、本件事故後の昭和五五年三月中に焼肉店店舗の賃貸借契約を締結し、設備を整え、同月二八日に開店をし、使用人によつて約一年間は営業していたが、その後休業状態となり、昭和五七年二月末日に右店舗の賃貸借契約を解除し、現状回復の工事をなしたことが認められ、右店舗賃借中は、毎月賃料四万四八〇〇円と共益費四五〇〇円の計四万九三〇〇円を支払い、焼肉店の設備投資として少なくとも原告主張の七五二万一五〇〇円を支払い、また店舗賃借の際賃貸人に差入れた保証金四四七万八五〇〇円の内解約後返還されたのは四〇三万〇六五〇円であつたこと、店舗の原状回復の工事費として少なくとも原告主張の六七万円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は右損害が全て本件事故に因るものと主張するが、焼肉店を開業しても順調に経営できるか否かは経営者の才覚や当時の経済状況などの諸要因に関わるものであり、右認定のとおり原告は本件事故時から一二、三年前にも焼肉店開業したことがあるものの一、二年間しか続かなかつたこともあり、今回も本件事故後に開店し使用人によつて営業していたが予期した利益があげられず休業し、ついに廃業したというものであるから、原告の主張する焼肉店舗賃借に関する各支出及び同店営業のための投下資本の回収不能等が本件交通事故と相当因果関係があるとは認められないし、同様に原告主張のように必ず投下資本の二〇パーセントに相当する利益をあげ得るものとも認められない。

従つて、原告の右主張はいずれも理由がない。

以上のとおりであるから、原告の治療費及び後遺症関係を除く損害額は合計三三八万五五七〇円となる。

右各認定によれば、原告の傷害及び治療経過は本件示談契約締結当時予想し得なかつたような状況が発生したとは認められないし、右治療期間が長引いたこと及び焼肉店の経営不振により本件示談契約締結当時の予想を大幅に超えるような損害が発生したとも認められないから、原告の前記主張(再抗弁2、3)はその余について判断するまでもなく理由がない。

五  治療費

1  以上のとおりであるから、原告と被告らとの間では本件事故については、治療費を除き示談金三〇〇万円を支払い(内二〇〇万円が支払済みであることは当事者間に争いがない。)、後遺障害に関する損害については自賠責保険に請求するということで一切解決したものと認められ、本件訴訟においては本件示談契約に基づく示談金は請求の対象となつていないから、原告は被告らに対し本件事故に基づく治療費(本件事故と相当因果関係のあるものに限られる。また、文書作成費を含む。)についてのみ請求しうることになる。

2  そこで、原告の要した治療費について検討する。

(一)  鎌田病院

前掲甲第一八八号証、第一九〇号証、第一九二号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三六号証の二、第四三号証ないし第五〇号証、第五七号証ないし第六三号証、第一二一号証ないし第一三二号証、第一六三号証、第一八四号証、第一八六号証及び第一九六号証によれば、原告は、鎌田病院における治療費として六九万二三五五円を要したことが認められる。

(二)  松本病院、首藤病院、行岡病院

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三七号証の一、第三八号証の三及び第五六号証によれば、原告は、松本病院に四〇〇〇円、首藤病院に三〇〇〇円、行岡病院に四一四〇円の各治療費を要したことが認められる。

(三)  大庭病院

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第四二号証、第六七号証ないし第九四号証、第一三三号証ないし第一三五号証、第一六〇号証、第一六八号証及び第一六九号証によれば、原告は大庭病院における治療費として四万四七四〇円を要したことが認められる。

(四)  日本橋病院

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六四号証ないし第六六号証によれば、原告は、日本橋病院における治療費として五万九六六五円を要したことが認められる。

なお、原告の請求の内日本橋病院で要した三万二〇〇〇円については、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一三六号証によれば、付添婦に支払つた費用であるから、治療費には含まれないし、その余の原告主張の治療費は、いずれも原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第一六一、第一六二号証、第一六五、第一六六号証、第一七〇号証ないし第一八三号証によれば、前記後遺症状固定後の診療に要した費用であり、原告の前記傷害の程度等の事情を考え合わせると、本件事故と相当因果関係がないと認められる。

六  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は八万円とするのが相当であると認められる。

七  結論

よつて、被告らは各自原告に対し、八八万七九〇〇円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和五五年二月六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川誠)

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